Modern Jazz Quartet / Under the Jasmin Tree (1968)
( Cool Jazz, Third Stream, Elegant )

1. Blue Necklace 
2. Three Little Feelings, Pts. 1-3 
3. Exposure 
4. The Jasmine Tree 
Modern Jazz Quartet / Under the Jasmin Tree (1968)

  ロック・ファンの間で最も広く知られているジャズ・ミュージシャン(バンド)と言えば誰でしょうか。ロックの世界にも多大な影響を及ぼした「Bitches Brew」を発表したマイルス・デイヴィスか。フレンチ・ジャズ・ロックの巨人、マグマのクリスチャン・ヴァンデが憧れたジョン・コルトレーンか。ローリング・ストーンズのアルバム・セッションにも参加した経験を持つソニー・ロリンズか。キング・クリムゾンのアルバム・セッションにも参加したキース・ティペットか。あるいはプログレ・ファンに良く知られたジャズ・レーベルであるECMからアルバムを発表した事のあるアーティスト達の名前(チック・コリア、テリエ・リプダル、ヤン・ガルバレク等)が挙がるかもしれません。
  モダン・ジャズ・カルテット(Modern Jazz Quartet)。略してMJQ。4人の黒人男性ジャズ・ミュージシャンによって構成されたジャズの歴史に残る名カルテット。若いロック・ファンは知らないかもしれませんが、彼らは、あのビートルズが設立した自主レーベル、アップルに一時期在籍してアルバムを発表した事があるのです。ジャズの世界の大物を引っ張ってきたのはポール・マッカートニーとピーター・アッシャーだったそうですが(表向き)、在籍していたのは1967年から1969年までと僅か2年間程で、その間MJQは「Under the Jasmin Tree」「Space」と2枚のアルバムを発表しています。

  1952年に正式に発足、クラシック音楽の弦楽四重奏曲的な要素をジャズの世界に持ち込んで世の音楽愛好家達を数十年に渡り、魅了し続けてきたジャズの世界の至宝的なバンド、MJQ。1940年代に登場した、ビバップと呼ばれるスタイルのジャズ・ミュージック台頭の反作用として1940年代後半に登場してきた、《クール》と呼ばれる緻密で知的なスタイルのジャズ・ミュージックが1950年代に入ってクラシック音楽の影響を受けて更に進化、《クール》は《サード・ストリーム》と呼ばれるジャズ・スタイルの新ジャンルへと変貌を遂げるのでありますが、この《サード・ストリーム》の代表的なジャズ・バンドの一つがMJQ。従って、ホットで情熱的、というイメージとは違い、アカデミックな色彩と頭脳的な構成を持つ曲調が彼らの特徴。
  そんな彼らが一時的に何故ビートルズと手を組んだのかは判りませんが、緻密に構成されたクラシック音楽的な要素を持つMJQの音楽を好きだとビートルズの連中がかつて発言した事もあったとか。ジャズらしからぬ室内楽的な雰囲気がポール(多分)の興味を引いたのかもしれませんが、いずれにせよ、MJQはビートルズと一時的に接点を持つ事になったのです。最も、これは契約上の問題だけで、MJQのアップル録音の際にはビートルズ側は一切口を挟まずに自由にやらせたとか。これはアップル設立時の《アーティストの自由な創作活動を支援する》という建前とリンクするものですが、ああだこうだと一から十まで指導を受けたメアリー・ホプキンとは大違い。当然と言えば当然なんですが。


  1952年、ディジー・ガレスピー楽団のリズム・セクションが独立した形で誕生したMJQ。当時のメンバーは兵役時代に知り合ったジョン・ルイス(ピアノ)とケニー・クラーク(ドラムス)、更にミルト・ジャクソン(ヴィブラフォン=鍵盤打楽器の一種。マリンバやシロフォンの仲間だが金属的な音色が特色)、レイ・ブラウンからバトンを引き継いだパーシー・ヒース(ベース)の4人。ジャズ・ミュージックを演奏するバンドの一般的な演奏者構成からは考えられない、サックス奏者不在の構成。良くも悪くも、サックス奏者抜きの構成がクールなMJQサウンド最大の特色であります。
  ミルト・ジャクソンをリーダーとするミルト・ジャクソン・カルテットからジョン・ルイスをリーダーとするモダン・ジャズ・カルテッド(ネーミングからして実に挑戦的)へとチェンジしたMJQは学生時代に本格的に音楽を勉強したメンバーの音楽的素養を素直に反映してか、知的で繊細な質感を持つサウンドで当時のジャズ・シーンに勝負をかける事になります。1953年から1955年の間に録音された音源を収録した初期の傑作「Django」でのクラシックの室内楽を彷彿とさせる様な、頭脳的な独自サウンドで一世を風靡、この後、MJQはメンバー交代劇(ケニー・クラークからコニー・ケイへ)を迎える事になりますが、1974年の一時解散までメンバー固定で活動を続ける事になります。

  Prestige から Atrantic へ、また Verve や United Artists といったレコード会社との契約を経て、1960年代の後半には、上で紹介した様に、ミュージシャン自らによるイギリスの自主レーベル、アップルと契約し、2枚のアルバムを発表しています。その後のレーベル移籍を経過した1974年、ミルト・ジャクソンの脱退宣言を契機にMJQは一時活動停止へと追い込まれています。7年後の1981年、久々にメンバーが集まって活動を再開するのですが、その舞台となったのがなんと日本の武道館公演。これを契機に音楽活動を再開したMJQでしたが、1994年にコニー・ケイが死去。
  5年後の1999年にはミルト・ジャクソンが、また大阪ユニバーサル・スタジオ・ジャパンが正式にオープンした2001年にはジョン・ルイスまでもが鬼籍入り(ちなみに初代ドラマーのケニー・クラークも1985年に死去)。1950年代初頭のミルト・ジャクソン・カルテットの音楽活動に関与していたレイ・ブラウンまでもが2002年に死去してしまった今となっては、MJQの音楽を聴くのは映像やCD(或いはレコード)に頼るのみ、というのが現状であります。時の流れとはいえ、MJQの熱心なファンには真に残念な限りでありましょう。


 ■ Milt Jackson - Vibraphone, Percussion 
 ■ Percy Heath  - Bass
 ■ John Lewis   - Piano 
 ■ Connie Kay   - Drums

  収録曲は全部で4曲(1968年当時)で、1991年のデジタル・リマスターの際にもボーナス・トラックは収録されていません。収録曲は全てリーダーのジョン・ルイスの手によるもので、プロデュースもジョン・ルイス。アップル・レコーズのカタログの1枚として発売されたアルバムですが、ビートルズ的なサウンド、及びロック/ポピュラー・ミュージック的な要素とは全く無縁の完全無欠なエレガントでクール/サード・ストリーム系ジャズ・アルバム。実に品のよい、落ち着いた大人の人の為の音楽。しかし、ビートルズ/アップルの意向が反映された部分もあります。それはアルバム・ジャケット。1968年という時代背景を反映してか、サイケデリックな色彩感覚溢れるデザイン。担当はアラン・アルドリッジ。1969年に発表されたビートルズの詩集「THE BEATLES illustrated lyrics」の編者でもあります。
  純粋なジャズ・ミュージックのファンではないのでサラリと紹介しましょう。言うまでもなく、MJQのリーダーはピアニストのジョン・ルイスであり、本アルバムの作曲やプロデュースもジョン・ルイスが手掛けています。しかしながら、MJQの魅力といえば、やはりミルト・ジャクソンのヴィブラフォン。トランペットやサックスのような、魂を揺さぶるような管楽器群の演奏もよいが、MJQのアルバムで聴く事の出来る、心に澄み渡る様なヴィブラフォンの音色は格別。MJQが登場する以前、一部のアーティストの功績を例外として、単なる打楽器の一つとしての立場に甘んじていたヴィブラフォンを楽曲のメロディをリードする楽器へと変身させたミルト・ジャクソンの盤打楽器の世界における貢献度の一端を垣間見て取る事の可能な1枚。

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  厳かに粛々と演奏される4人のクリアーな演奏からは、人生の甘苦をなめてきた大人を癒す効能あり、と大袈裟にも書いておきましょう。MJQのアルバムを最初に購入するのなら、ジャンゴ・ラインハルトに捧げられた名アルバム「Django」をお奨めしますが、ロック・ファン(ビートルズ・ファン)なら本作の認知度も結構高い筈。ちなみにアップルがMJQと契約したのも、タネを明かせばアップルの社長に抜擢された人物(ロン・コス)が、かつてMJQの音楽活動に関与していた、という裏事情があったのだとか。MJQとの契約に社長が絡んでいたのだから、ビートルズの連中が口を挟めなかったのも当然と言えば当然ですね。
  クラシック音楽(室内楽)的要素を持つと言われるMJQ流の独自スタイルもジャズのスタイルの一種、と、とうの昔に認知されている今の感覚で聴けば、これが《独自のジャズ・スタイル》と言われても、イマイチ、ぴんとこないのでありますが、やはり、ジョン・ルイス(ピアノ)とミルト・ジャクソン(ヴィブラフォン)の粋な掛け合いを、ブランデーでも飲みながら聴くのがやはり一番似合うのかもしれません(こんな音楽の聴き方、私は1度もないのですけれども)。《クール》《知的》という言葉が並び易いMJQのアルバムですが、基本はやはりジャズ。誤解を与えない為にも、アカデミックで頭脳的でありながらも、グルーヴ感は決して失われていない事を彼らの名誉の為、最後につけ加えておきます。

  ロック・ファンの私だからこそ「Under the Jasmin Tree」を取り上げたのであり、実際、最初にMJQのアルバムを購入するのなら、くどいようですが、まずは「Django」からお願いします。ロック的な要素は(素晴らしくセンスの良いサイケデリックなアルバム・ジャケットを除けば)全く感じません。念のため。


投稿日 :2004/01/31

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